消化管グループ

 

(1)研究の目的

bacterial translocation(BT)は腸管内の細菌、真菌やエンドトキシンなどが腸管のバリア機能の破綻や腸内細菌叢における病原細菌の異常増殖によって腸間膜リンパ節、肝臓、脾臓、全身の血中に移行する現象であり、systemic inflammatory response syndrome (SIRS)の原因となる。外傷、熱傷、腸閉塞、急性膵炎、肝硬変、閉塞性黄疸、炎症性腸疾患、完全静脈栄養(total parenteral nutrition:TPN)などを背景としてBTは発症し、sepsisや多臓器不全への進行を予防する上でBTへの対策は重要である。

BTの発症においては腸管透過性上昇の主原因とされる物理的バリアーの機能の低下とgut associated lymphatic tissue (GALT)を中心とした免疫機構やそこで産生されgut origin sepsisの原因とされる各種mediatorの解析が必要である。現在、BTへの対策は簡便なモニタリング法がないために困難である。本研究の目的は腸管粘膜integrity及び腸管免疫機構を検討して臨床応用可能な新しいモニタリング法と予防法を開発することである。

(2)研究の特色と意義

BT発症時には腸管粘膜上皮での物質輸送能が変化することが推測され、その結果生じる電気生理学的変化に着目し、腸管integrityの新しい評価方法を模索する。直腸内と腹壁及び腹腔内の間の電位、ussing chamberを用いた腸管の電気的抵抗、電位、電流、amilorideで抑制されるepithelial Na channel (ENaC)の関与などの相関を明確にし、腸管粘膜integrityの指標として粘膜上皮細胞内ENaCの定量と直腸腹壁間電位のモニタリングを目指す。

GALTに関する検討では、DNA microarrayを使用して免疫機構に関与する遺伝子発現の変化を解析し、その概略を推測する。申請者はBT発症時の腸管での著明な好酸球浸潤を確認しており、アレルギー発症機構を含め免疫機構の蛋白分子についてmRNA発現量や蛋白発現量の定量を行いその動態を詳しく解析する。さらにgut origin sepsisを検討するためReal-time PCRを用いて腸管壁内でのcytokine発現量を定量し、ENaCと共に臨床的指標となり得るかを検討する。同時に胃粘膜のtrophic actionを持つgastrinの他、secretin、消化管運動に関係するmotilinなどの消化管ホルモンを測定して多角的な解析を行う。

申請者は腸管内細菌が、その種類により腸管粘膜上皮のtight junction機能に影響するものが存在していることを確認している。腸管内細菌叢の状態と免疫機構との関連を解析し、BT予防に適切な腸管内細菌叢の状態を検索する。

BTモデルに対するimmunonutrition、腸管内常在細菌叢の主な構成成分であるLactobacillus、小腸で吸収されないセルロースなどのcolonic food投与の効果、選択的腸管内除菌(selective decontamination of digestive tract: SDD)などのBT予防法の評価を行う。

(3)関連する研究の中での位置づけ

従来、腸管粘膜integrityの指標にはラクチュロース/マンニトールの尿中排泄量の比 (L/M比)、PSP尿中排泄率、血清Diamine Oxidase(DAO)活性などが使用されてきたが、腸管内電位やENaCの定量を検討した報告はない。腸管免疫能の変化はintraepithelial lymphocytes (IELs)に注目した報告などはなされているが、DNA microarrayを使用して免疫機構の概略を推測し、さらに免疫機構と密接に関係する腸管integrityとの評価を併せて行う。またGALTから発生するcytokineを門脈血や腸間膜リンパ液中で測定した報告はあるが、腸管から直接測定した試みもない。こうして従来とは異なる新しいモニタリング法が開発され、SDDなどの予防法や、侵襲下で投与の是非が分かれていたimunonutritionがBT予防の見地から改めて評価される。

 

【背景】

現在、消化器癌に対する化学療法におけるkey drugは5-FUに代表されるフッ化ピリミジン系薬剤である。近年作用機序の異なるIrinotecan、taxane系薬剤などの新しい抗癌剤との併用の他、interferonによる抗腫瘍効果、免疫増強効果や放射線療法などの効果が期待されている。しかしながら以下の如き問題点が存在する。

  1. 消化器癌に対する化学療法の効果を左右するのは抗癌剤の感受性である。key drugであるフッ化ピリミジン系薬剤の奏功率は、最も良好な場合でもTS-1の胃癌に対する40%程度でしかない。5-FUは腫瘍内でリン酸化経路を経て三元共有結合体を形成することで抗腫瘍効果が発揮される。腫瘍内での代謝酵素活性がフッ化ピリミジン系薬剤の抗癌作用に大きく影響しているが、その詳細は十分解明されていない。
  2. フッ化ピリミジン系薬剤に白金製剤、taxane系薬剤などの併用療法が広く行われている。また疾患によっては放射線療法やinterferonが併用される。しかし個々の症例に応じた最も適切な併用療法を決定するには至っていない。 

【目的】

徳島大学病院ならびに関連施設より集めた食道癌、胃癌、大腸癌、肝癌、膵癌、胆道癌の外科切除された検体(年間約1500例)を集めて冷凍保存し、持続的に大規模な遺伝子解析を可能とする消化器癌組織バンクを設立する。抗癌剤代謝関連酵素の定量を行い、各々の癌の病態の解明、個別化治療の確立を目指す。

【期待される効果】

  1. 四国全域を包含する他に例をみない大規模研究から個々の症例に合った抗癌剤や放射線療法、interferonなどの組み合わせによるテーラーメード治療を早期に実現できる。
  2. 新たな生物学的悪性度の指標が明らかとなる。
  3. 臨床試験を新たな指標で評価可能となり、有効な化学療法を確立できる。
    新たな抗癌剤や分子標的に対する治療剤の開発(創薬)が可能となる。

 

〈これまでの癌研究の背景 特に胆管細胞癌に対する取り組み〉

我々は約100例の胆管細胞癌の外科切除例を有し、これは世界でも有数の切除数である。その豊富な臨床経験を利用して、これまでに胆管細胞癌の臨床病理学的特徴や、予後因子について報告してきた。
胆管細胞癌が早期に腹膜播種やリンパ節転移、肝内・肝外転移を来しやすく最も予後不良な消化器癌の一つで、切除以外に有効性を証明しえた治療法がないこと、さらにその一方で胆管細胞癌の外科切除においてリンパ節郭清は生存率向上に寄与しないことを明らかにし(下図)、胆管細胞癌治療における切除の限界と治療成績の向上のための新規治療法の早急な開発の必要性を示した。

また、転移・浸潤規定遺伝子に関する報告が皆無に等しい胆管細胞癌において我々は、p27kip1蛋白やMMP-9の発現が予後不良因子であるとする報告、TNF α-related inducing ligand(TRAIL)による遺伝子治療に関する報告などを行ってきた。

〈遺伝子解析と新規遺伝子の釣りあげ〉

遺伝子解析の分野においても、Target differential display法を用いて、新しいシグナル伝達遺伝子のクローニング、癌化シグナル伝達の解析、シグナル抑制分子の開発を行い、シグナル伝達抑制分子に関する米国特許を多数、獲得した実績を有する。さらに、現在ではmicroarrayを導入し、約1万遺伝子での網羅的遺伝子変化解析をすすめている。

〈遺伝子導入〉

我々は非ウイルスベクターをもちいた物理的遺伝子導入法であるエレクトロポレーション法にいち早く注目し、マウス肝細胞癌モデルを用いたin vivoでの良好な遺伝子導入のみならず、IL-12や TRAILを用いた遺伝子治療に成功した。

〈胆管癌の高転移株の樹立〉

ヒト胆管細胞癌HUCCT-1の高肺転移株、高リンパ節転移株、高腹膜播種転移株(下図)という重要な予後因子となりうる転移・浸潤細胞株を樹立した。すなわちヒト胆管細胞癌をヌードマウスで継代し、それぞれの転移先から継代を繰り返すことでリンパ節転移、血行性転移、腹膜播種を常に形成するモデルを作製することに成功した。

〈腹膜播種〉

高腹膜播種株においてはDNA microarrayでの包括的解析により治療対象となり得る遺伝子を同定し、その機能解析をおこなった。高腹膜播種転移株ではIL-1β,MMP-1,MMP-3,IL-8の発現亢進が認められた(下図)。


また胆管細胞癌株に対するIL-1βのtransfectによりMMP-1,IL-8の発現が亢進していた。
このようにDNA arrayでの包括的解析により右の如く各転移に関与する遺伝子群が明らかとなってきた。さらに臓器特異的転移関連遺伝子の同定を行い、organotrophismの解明を進める。
こうした研究から右図の如く腹膜播種株でDickkpf-1の発現が減少し,肺転移株ではP-selectin発現の亢進していることが明らかとなった。

 

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