巻頭言
 

人工知能(AI)が指数関数的に進化し、今や技術イノベーションは世界を一変させようとしている。地球に猿人が誕生して以来、農耕・牧畜文化が生まれるまで技術革新の歩みは緩やかだったが、現在は想像を超える速さで技術革新が進んでいる。これまで人類に起こったイノベーションを年代別に見てみると、第1の革新は“猿人から都市国家”、第2は“動力やエネルギーの革新(第1次〜第2次産業革命)”、第3の革新は“情報処理・共有の発展(第3次産業革命)、第4は、“生命科学の進歩(人の限界への挑戦)”、そして2050年に向かい、これまでの30年と比べものにならないくらい技術革新は加速し、第5の革新として“頭脳資本主義(たとえビジネスにはなっていなかったとしても、そのポテンシャルを秘めた頭脳やアイデアに対してお金を払う性格をもった経済のこと)”が起こると言われている。そこで代表的な技術イノベーション事象を挙げて、これから30年に起こる医療変革と人生100年超時代に我々個人としてまた同門会としてどう向き合えば良いのかを考えたい。

人工知能

急激に発展するAIは、2045年には人間の知性を超え人間の生活に大きな変化を起こす「シンギュラリティー(技術特異点)」に到達すると言われている(図1)。AIが人に代わって労働を担う時代が到来すれば、経済や社会に多大なインパクトをもたらし、人の生き方も大きく変わる。
オーストラリア・ニュージーランド銀行が導入したデジタル・アシスタント「ジェイミー」は女性の姿をしたAIで、 表情や会話の内容から相手の感情(困惑や怒りなど)を分析することができるため、客にストレスを与えないようにできる。また日本マイクロソフトの開発したチャットボットの「りんな」は、特定のタスクを実行するAIとは異なり前後の文脈を読み取り、文章を生成できる機能を持ち、人間の感情に「共感」することが出来る。将来的にAIは人間にとってどんな存在になり得るのか、そしてこれは医療界にはどのような影響を及ぼすのか、極めて興味深い。京都大学総長でゴリラ研究の第一人者である山極寿一氏は、通信やテクノロジーの進化により、本来は五感を使って行っていたコミュニケーションが、技術革新により視覚と聴覚に偏重し、視覚・聴覚に頼るコミュニケーションは仮想空間でも成り立ち、相手を「だます」ことすらできてしまうとし、AIが人間の知性を超える時にはまさに他の嗅覚や味覚、触覚を共有することが安心感や信頼関係の構築につながると述べている。
一方、IBM社製のAI「Watson」は、白血病での誤診を見抜いてより正しい治療法を提示し患者の命を救い、米シェイク・ザイード小児外科研究所と米ジョンズ・ホプキンス大学のAIを搭載した「STAR(Smart Tissue Autonomous Robot)」と呼ばれる自律ロボットが豚の腸の縫合を成功させている。
我が国でもAMED事業「未来医療を実現する医療機器・システム研究開発」では、国立がんセンター東病院の伊藤雅昭先生が、手術支援ロボットへの導入のために内視鏡外科手技・判断をデジタル化・データベース化し、AIによる機械学習が出来るシステムを構築している。また大分大学の猪股雅史先生も福岡工業大学とオリンパスと共同でAIを用いた内視鏡手術を補助するソフト(手術映像上にリアルタイムでランドマークを表示する技術)の開発を行っている。
このような状況から、AIが人間に代わって認知・判断・操作を行う自動運転のように、非常に近い将来にラパコレもセミオートあるいはオートで施行できる可能性があると考えている。

5G

最近、新たな通信テクノロジーとして5Gがクローズアップされている。1G(第一世代:アナログ携帯電話、2G:デジタル化、3G:高速データ通信、4G:スマートフォン用通信、そして5Gと進化してきた。5Gと4Gとの違いは、単純な高速化だけでなく、新しい価値を産み出すことを目的に高速大容量、低遅延、低コスト/省電力、そして多接続というキーワードで設計されている。5Gで身の回りのありとあらゆるアイテムがワイヤレスで高速ネットワークに繋がることになり、IoT化が一気に進む。5Gでスムーズな通信会議、リモートワークが加速することにより一気に働き方改革も進み、映像は4K/8Kになり、遅滞ゼロのリアルタイムでの会話が可能となる。さらに画面での会話ではなく3Dで立体投影もでき、自宅にいながらまるでオフィスに居るような感覚で働くことができる。5Gの出現により、電車やバスが少ない地方でも自動運転により住みやすくなる。学校教育の格差も、高度な映像・音声通信による遠隔授業で、どこにいても良質な内容を受けられることで解消する。機器の遠隔操作も格段にスムーズにできるようになり、技術職など、さまざまな職種で働き方が見直される。我々医師(外科医)にとってはIoT化によりネットワーク接続された医療機器を利用して遠隔診療・手術(手術ロボットの操縦)も可能になる。へき地医療も遠隔外来、処置や手術の実現により大きく変貌する。このような近未来の状況を直視して我々は準備をしなければならない。

人生100年超時代に

政府は、2017年に人生100年時代構想会議を立ち上げ人生100年時代の社会システムの在り方を検討している。海外の研究では、2007年に日本で生まれた子供の半数が107歳より長く生きると推計されており日本は健康寿命が世界一の長寿社会を迎えると予想されている。さらに技術革新により、老化を防ぐ研究が着実に進みさらに寿命が延びる可能性がある。日本経済新聞が若手研究者約300人に「2050年に人間の寿命は何歳まで延びるか」と尋ねたところ「150歳」が最も多かった。一方でアンケートの中で2050年に日本人の死因で最多となる死因を尋ねると自ら生の長さを決める「自殺」がトップだった。人生100年超時代に我々も若手やベテランに関わらず、利根川進氏がノーベル賞(免疫グロブリンの遺伝子構造解明)を受賞した途端に研究分野をガラリと変えて神経科学の道へと転向したように、ライフシフトを考える必要がある。また古代ローマの哲学者セネカは、「君たちの生はたとえ千年以上続くとしても、必ずや極めてわずかな期間に短縮される」と人々の生の浪費を嘆き、死があるから生があり限られた生の中で「善く生きること」の意味をいにしえから問い続けた。すなわち衰えない肉体、寿命150歳となったとき、遠のく「死」に問われるのは一瞬で過ぎ去り続ける「生」という大命題を考えざるを得ない。

プロフェッショナリズムとグローバル化

技術イノベーションによる大変革が起こっている時代だからこそ我々はプロフェッショナリズムを磨き、グローバル化を一層推進していかなくてはならない。トヨタ自動車の豊田章男社長は今年の年頭挨拶で、いつも従業員たちに地域のため、次世代のため、自分以外の誰かのためにと話しているのにもかかわらず、今回は仲間へのメッセージとして、組織の構成員は他人のことでなく「プロを目指してほしい。自分のために、自分を磨いてほしい」と語り「自分のために」世界中どこへ行っても通用する、どこからも欲しがられるプロたれという強いメッセージを送った。そして社長の今年のキーワードは、自動車業界が100年に1度の大変革にある中、大事なものを見失わずに変化したいという意味を込め、「常若(とこわか)」(その精神は伊勢神宮の式年遷宮(20年ごとにお社を新しく建て替え大御神に新宮に遷る儀式)にしたという。大いに参考にしたいものである。
グローバル化に関しては、特に目覚ましく発展をしてきているアフリカやアジアとの“絆”を強固にすることが、技術イノベーションをともに謳歌し、“Win-Win”の関係を発展させ、外科の魅力と底力の醸成に繋げることが出来る方策である。3月に徳島大学交際展開推進シンポジウムのために来日した同窓生のAfework Kassu氏(エチオピア科学・高等教育国務大臣、アジス・アベバ大学/ゴンダール大学教授)とエチオピアの2つの大学との連携を強化し大学院生の受けいれ医学部生の見学、研究者の相互訪問など進めていくことで合意した(図2)。是非とも同門会としても利用していただきたい。

いずれにせよ、技術イノベーションに乗り遅れることなく外科学の発展を考えようではありませんか!

【追記:耳よりの情報】
スケッチ2050 わたしを待つミライと題して、日経新聞が作成した取材に基づく2050年の大胆な未来予想を漫画で描いているのがとても面白いので是非とも一読してください。
URL(https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/sketch2050/

(図1)

(図2)