2013年、この新しい年に、いろいろな思いを込めて、今年の文字として『絆』という字を選びました。この字は2011年3月11日の東北大震災の後、その年の漢字として選ばれていることは、記憶に新しいと思います。徳島大学外科同門会の発展のために、あえて初心に戻り、一人一人が小さなことでも他の人への思いやりをもって事に当たることが重要と思いこの字を選びました(図1:この色紙は、先日高久史麿先生の叙勲(瑞宝大綬章)のお祝いの際、先生からいただいたものです)。

現在、医療を取り巻く環境はめまぐるしく変化しています。またそれ以外の社会的状況もこれまで以上に大きく、そして早く変化(混沌と)していることに皆さんも気づいていると思います。その中で『絆』を大切にして生きていくためにはどうすればよいのかを考えていました。その時に、紹介するスティーブン・コヴィー氏の著書『7つの習慣』 (The Seven Habits of Highly Effective People)に出会い、皆さんにも参考になると考えたので紹介します。彼は、昨年亡くなられましたが、英国『エコノミスト』誌に「今、世界で最も大きな影響力を持つ経営の思想家」と評価されています。彼は、時代が変化し、混迷が続けば続くほど、個人や組織の有効性を左右する自然法則、すなわち「原則に従った生き方(習慣)」を実践することが重要で、これによりビジネスのみならず、家庭、人間関係など、激しい変化の時代に生きる人々が、充実した人間らしい生活を営むことができることを示しています。

コヴィー氏は著書の中で「人生を変える処方箋」を提示し、そのためには基本的な前提や習慣などの自分のパラダイムを再検討し、成長のプロセス(「依存」→「自立」→「相互依存」)を相互依存という理念に基づいて再構築する重要性を訴えています(図2)。

<自分のパラダイムの認識>

7つの習慣を理解するためには、まず自分たちのパラダイム(世界を見る見方、私たちの解釈を決めるもの)を理解することが重要です。私たちはあらゆる経験を自分たちのパラダイムによって解釈、判断しています。たとえば、図3aの絵を数秒見て、そして図3bの絵を見ると、おそらく若くて愛らしい鼻をつんとそらせた華やかな生活を送っている美人でモデルにでもなれそうな女性だと感じると思います。しかし、「それは間違っていますよ。絵に描かれているのは悲しげな老婆で、鼻が大きく出っ張っていてとてもモデルにはなれそうにはありません」と言われたらどうでしょう?これは二人の人間が同時に同じ事実を見ながらも違う意見を持ち、しかもその両方が正しいことがあり得ることを如実に表しています。このことは、経験によって受ける条件付けが私たちの知覚やパラダイムにどれだけ強烈な影響を与え、パラダイムが周りの人との接し方を含む私たちの行動や態度の源になっていることを表しています。すなわち、人が物事をあるがままに、つまり客観的に見ているのではなく、私たちのあるがまま(条件付けされたまま)に世界を見ているということを認識しなければいけません。コヴィー氏は、このパラダイムの転換こそが私たちに大きな改善をもたらす可能性があることを指摘し、さらに、「パラダイム転換は逆境の中で起こる」と言っています。困難に直面した人は、従来とまったく違った見地から世界、自分自身、周りの人、自分に要求されている事柄を見れるようになるとも言っています。また、彼は『成功の土台は人格である』であり、この人格主義では、「成功」と言われるような人生には、その裏付けとなる原理原則があり、その原則を体得して人格に取り入れる以外に人が真の成功を達成し永続的な幸福を手に入れる方法はないと考えています。

<7つの習慣と成長のプロセス>

T. 私的成功
第一の習慣:主体性を発揮する
主体性を持つということは、自分の人生に対して責任を持つということ。責任(responsibility)という言葉は、response (反応すること、特に取るべき反応を選択すること)とability (能力)の2つに分けられ、主体的な人間は物事を起こすことが自分の責任だと自覚している。
第二の習慣:目的を持って始める
リーダーシップとは物事を効果的に行なうことであり、何を達成すべきかというビジョンを示すことである。リーダーシップには方向づけと目的意識、そして感受性が必要である。
第三の習慣:重要事項を優先する
重要なのは時間を管理することではなく自分を管理することで、優先順位を決めるときは手段ではなく結果に主眼を置くことが大切だとされている。 人間の活動は4領域のマトリクスに分類でき、ほとんど第2の領域(緊急ではないが重要な事項:計画、リクリエーション、人間関係づくり、実行、勉強や自己啓発など)に集中しており、第2領域の事柄を効果的に計画し実行すれば、危機が起こる可能性を最小限に食い止められる。

U. 公的成功
第四の習慣:Win-Winを考える
相手を蹴落とすのではなく、相手を尊重し、相手と共に満足できる方法を探れば、双方が勝者になれる。常に、Win-Winを考え、それがどうしても無理なら、No deal(取引しない、白紙に戻す)ことが、長期的にはお互いにとって望ましい。
第五の習慣:理解してから理解される
相手を尊重し、相手とWin-Winの関係を実現するためには、相手をよく理解することから始まる。相手をまず理解しようとすることで、初めて相手もあなたを理解してくれる。
第六の習慣:相乗効果を発揮する
異なる考え方がぶつかって、新たにできる案は、妥協案ではなく、相手と自分の相違点を克服した第三案である。相手の相違点は、「障害」ではなく、第三案を生むための「機会」であり、相違点が大きければ大きいほど、Win-Winとなる創造的な第三案が生み出された時の相乗効果は大きくなる。

V. 再新再生
第七の習慣:刃を研ぐ
私的成功、公的成功を継続し、さらに進化させるためには、たえず学び、磨き(刃を研ぐ)続けることが必要である。学び、決意し、実行するといったサイクルを螺旋状に積み上げていくことで、自分自身を再新再生(リフレッシュ)していくことができる。

コヴィー氏は、実に明快な戒めとして一所懸命ノコギリで木を切り倒そうとしている樵(きこり)の例えを用いています。そのノコギリは明らかに刃を研いだ方がよさそうだが、手を止めて研いだらどうだと言われると、樵は「そんな暇なんてないさ。木を切るだけで精一杯だ」と答えます。誰もが今取り掛かっている仕事に夢中になりすぎて、そのための自然から授かった4つの側面〈肉体的側面、精神的側面、知的側面、社会・情緒的側面〉のそれぞれを再新再生させていくことが見落とされがちであるということを表しています。

最後にコヴィー氏は、「インサイドアウト」のアプローチ(図4)の重要性を説いています。個人が変わること(パラダイムの転換)と7つの習慣による成長のプロセスによって、チームが変わり、チームが変わることによって、組織が変わっていくという、内側から外側に働きかけていくアプローチです。自分自身の信頼性を高めることによって、人間関係において高い信頼性が築かれ、チームワーク、コミュニケーション、問題解決などが円滑にできるようになります。この「インサイドアウト」のアプローチはまさに今年の字として選んだ『絆』につながるものではないかと思っています。そしてこのことは、外科を目指す医学生(図5)や、若い外科医たちのみならず、ベテランの先輩方にもそれぞれの目線で役立つものになると確信しています。

『絆』で徳島大学外科の一層の発展を共に築いていこうではありませんか。

  • 図1

  • 図2

  • 図3a

  • 図3b

図4

図5